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目次3 [神聖の系譜]


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『神聖の系譜』
メソポタミア〔シュメール〕
ヘブライ&日本の古代史
 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
 
《目次3
 

 第三部 イブル〔ヘブライ〕の十二部族
  第一章 旧約聖書のイブル人部族化
  (一) イブル人の部族化と十二部族
  (二) イブルの十二部族の嗣業の地
     〔カナン〕への変化
  (三) レビ族の役務と定住
  (四) イブライ王国の南北分裂
     〔ユダ王国(南)とイスラエル王国(北)〕
  (五) 「ヨシュア記」の
     ガド族・マナセ族・ルベン族の築いた
     祭壇と「証拠」①②
 
 第二章 失われたイスラエルの十支族の流浪
  (一) イスラエル十支族のアッシリアによる
     強制移住〔捕囚〕メディアへ 
  (二) メディアから安定へ
    〔エズラ書のアルザレと「パリサイ」〕
  (三) 月氏〔大月氏〕とシルクロード
  (四) クシャン王朝と絹貿易
  (五) パルチアの台頭と強力化
  (六) 海洋交易商人へ〔アラビア海方面に南下〕
  (七) 小月氏
 
 第三章 イブル人の極東への遷征
  (一) イブライ王国ソロモン王の海洋交易船団
  (二) 旧約聖書「イザヤ書」の
    「地の果ての島々」
    (a) 「地の果て」と「島々」
    (b) 海に満ちる者
  (三) 韓半島の「月支国」及び
    「クダラ」「シラギ」
  (四) 魏志倭人伝の伊都国の背景
    〔イトの語義と由来〕
M.K記
連絡先:090-2485-7908
 

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(五) モーセ〔レビ族〕の死と埋葬地 [神聖の系譜]


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『神聖の系譜』
メソポタミア〔シュメール〕
ヘブライ&日本の古代史
 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦 
 
第二部 メソポタミアとイブル〔ヘブライ〕
 第四章 モーセと「十戒石」
 
  (五) モーセ〔レビ族〕の死と埋葬地
 
  「申命記」は「モーセ五書」といわれる
 経典の最後のものでイブル語名は DBRYM という。
 
 DBR〔言葉、語〕の複数形で、
 モーセが神の言葉をイスラエルの人々に語り
 〔DBR:動詞形〕聞かせた事項を
 記録したものと趣旨であるが、
 モーセの伝承も含まれている。
 
 最後第三四章は次のように述べる。
 
   モーセはモアブの平野から
   エリコの向かいにあるピスガの山頂に登った。
   主は
   モーセに全ての土地が見渡せるようにされた。
 
   ギレアドからダンまで、
   ナフタリの全土、
   エフライムとマナセの領土、
   西の海に至るユダの全土、ネゲブ及び
   なつめやしの茂る町エリコの谷から
   ツォアルまでである。
 
   主はモーセに言われた。
 
   「これがあなたの子孫に与えると
    私がアブラハム、イサク、ヤコブに
    誓った土地である。
    私はあなたが
    それを自分の目で見るようにした。
    あなたはしかし
    そこに渡って行くことはできない。」
 
   主の僕(しもべ)モーセは主の命令によって
   モアブの地で死んだ。
   主はモーセをベト・ペオルの近くの
   モアブの地にある谷に葬られたが、
   今日に至るまで
   だれも彼の葬られた場所を知らない。
 
 この記述を考察してみたい。
 
 「モアブ MVAB の平野」は続いて述べられる
 「エリコ YRKhV の向かい」とあるように、
 ヨルダン川を間にエリコは西側にあって、
 モアブは同川と死海の東側、
 現ヨルダン国域を呼んだ地名である。
 
 本書の第三部で説明することになる
 イブル十二部族のうちの
 ガド族が定着したところである。
 
 モーセは主の導きによりそこにある山
 ネブ山の頂に登ったというのである。
 
 続いて地称が記述されている。
 
 「ギリアド GLID 」名は GL-ID 〔石塚-証拠〕で
 第三部第一章で述べる「ヨシュア記」の伝承の
 「石の祭壇:石塚」が築かれたところである。
 
 「ダン」「ナフタリ」「エフライム」「マナセ」
 「ユダ」は十二族のうちの部族名である。
 
 「西の海」とは同地より西にある
 地中海をいったものである。
 
 「モーセは主の命令によって
  モアブの地で死んだ」と述べられる。
 
 そしてその埋葬地はモアブの地にある
 ベト・ペオル BYT-PIVR〔家(神殿)-大きく開いた〕、
 つまり「大きく広い谷にある神殿」近くの谷
 といっている。
 
 その地にはモーセの家族(子供たち)も
 住んでいたに違いない。
 
 彼らもレビ族の一員とし
 てガド族の祭儀に祭司として関係していたものに
 間違いない。
 
 ネブ NBV 山は死海の北端の東側の山地である。
 
  「申命記」第三四章は続けていう。
 
   ヌンの子ヨシアは知恵の霊に満ちていた。
   
   モーセが彼の上に手を置いたからである。
 
   イスラエルの人々は彼に聞き従い、
   主がモーセに命じられたとおりに行った。
 
 ヨシュアはすでにモーセの生存中からも
 モーセの導きに従っていた者であるが、
 モーセの死の後は、
 彼がイスラエルの指導者であった。
 
 《参考》
 
 ヨルダン川流域
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M.K記

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