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第六章 出雲国〔島根県〕の出雲大社・佐太神社  [神聖の系譜]



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『神聖の系譜』
メソポタミア〔シュメール〕
ヘブライ&日本の古代史
 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦 
 
 第四部 「十戒石」をイスラエル人は日本へ移転させた
  第六章 出雲国〔島根県〕の出雲大社・佐太神社 
 (1)神門郡〔和名抄「出雲国」〕
 神門郡〔和名抄「出雲国」〕
 神門「カンド」(Heb.),גַֻד,GD,guad ガド族。
  ※この地にガド族が定着した
  
 塩冶郷〔和名抄「出雲國神門郡塩冶郷」〕 
 塩冶「ヤムヤ」(Heb.),יַמִֻי,YMY,yamuiy 
         海の、海の人「海人」
 塩冶「シオ(ノ)ヤ」(Heb.),תסִfיָנ,TsFYVN,tsifyon 
           ガドの第一子
  塩冶「シオヤ」(Heb.),סִתִינֶה,SFYNH,sitiyneh 船
        (Heb.),סַפָנ,SPN,sapon 
         船乗り、船員〔海人〕
 ※因みに出雲大社の祭神「大国主命」は
  GD,gadの祖語が
  (Heb.),גַֻדָר,GDVR,guador
  〔大きい、偉大な〕に由来するためで
  「大国」とは「ガド族の国」、
  「主」はその奉祭する神である 
  「主」を表したもの
  「ヤマ〔ム〕ヤ」(Heb.),יַמַי,YMAY,yamay 
           船乗り、船員、水夫
           (Heb.),גַֻדָר,SPN,sapon と同義 
 
 阿利神社(出雲市塩冶町)
 阿利「アリ」(Heb.),יַמַי,IRY,yamay ガドの第五子」
 八俣の大蛇〔ヤマタのオロテイ:出雲国の神話伝承〕
 八俣「ヤマタ」(Heb.),יַמַית,YMYT,yamayt 
         海の、海の人:ガド族の仲間
 大蛇「オロテイ」(Heb.),ֶַרָדי,ARVDY,aerody 
         ガドの第六子、その原義は「銅」
 ※このオロチ伝承はユーラシア・ギリシャなど
  製鉄民に伝わる伝承
  〔ギリシャでのペルセウス・メドゥーサ伝説〕
  を出雲に土着させたもの。
  真相は製鉄技術をもった勢力が侵入
  〔国譲り神話〕して来て、
  それまで出雲地方に勢力を定着させていた
  銅文化を中心にして人々を
  圧倒制圧したとの実話に依る。
 (2)出雲大社の大国主神
  出雲大社の主祭神は
 大国主神と一般視されているが、
 同社を奉祭して来た天菩卑命一族の祭神ではない。
  大国主神の祖像については
 本書第四部第二章を再読下さい。
 但し出雲地域に「十戒石」が
 奉祭された形跡はない。 
 
 (3)佐陀宮[八束郡鹿島町]
 佐陀神社
 〔延喜式神名帳「出雲国秋鹿郡」サタノ〕
 「全国神社名鑑」佐太(さだ)神社
  (八束郡鹿島町佐陀宮内)
 祭神:(中殿)佐太大神(中殿)
 佐陀「サタ」(Heb.),סֶתֶר,STR,seter 
        隠れ場所、隠れ家
 佐太「サダ」(Heb.),סֻדַ,SVD,suda 
        秘密、内緒
 ※この地域に「十戒石」は密かに隠匿されていた。
 鹿島〔町名〕「ハシマ」
  (Heb.),הַסהֶֻמ,HShM,hashuem 神「主」への呼称
 ※前記のとおり大国主命の別称として
  「大名持命」と表記されるのは
  ShM,shaemが「名前」の語義であるからである。
 「佐太大神」とは大国主命に委託された
 イスラエルの神「主」を表す。
 足日山〔出雲国風土記〕
 足日「タルヒ」(Heb.),תָֻרַה,TVRH,tourah 
         トーラー、律法、モーセ五書
 毛之社〔出雲国風土記〕
 毛之「モシ」(Heb.),,MShH,moshee
        「モーセ」のイブル語発音「モシェー」
 恵曇(鹿島町の海岸にある地名)
 〔和名抄「出雲国秋鹿郡恵曇郷」〕
 恵曇「エドモ・エヅミ」:江角
  (Heb.),תסִבָנ,ATsBN,aetsibon 
   ガドの第四子
  (Heb.),יסהונ,AYShVN,ayshvn 
   <瞳>航海の際の見張役。
 朝日山(松江市との境界にある山)
 ※朝日山を足日山に比定する見解もあるが、
  足日を「律法」と解釈するので
  「経塚山」(松江市秋鹿町との境界にある)
  とする方が妥当である。
  「経」は「めくり」とも称されるので
  「十戒石」は「廻(めぐり)谷」(佐陀本郷)の
  内に秘匿されたと推測される。
 安来の十神山(砥神嶋〔出雲国風土記〕)
 「十戒石」は佐陀(鹿島町)の隠れ場所より
 更に東方へ移動させられた。
 その到着地が砥神嶋であった。
 「十戒石」が九州から移送されて来た手段は
 全行程船に依っていた。
 従って全て海路であった。
 しかし、
 佐陀からの行程は陸上だったと想定される。
 何しろ松江市内には
 毛志や虫野〔現在虫野神社がある〕名がある。
 毛志山(出雲風土記)
 毛志「モシ」(Heb.),מָסהֶֶ,MShH,moshee「モーセ」
 虫野神社(松江市福原町)虫「ムシ」
 ※虫野は毛志山〔三坂山に比定〕より
  少々離れてはいるがその麓を形成している。
 毛志「モシ・ムシ」(Heb.),מָסהֶֶ,MShH,moshee
           モーセ「モーシェ」
 三坂「ミサカ」
 MShHの綴字をそれぞれ単独発音したもの
 「十戒石」は佐陀より真東に向かって、
 福原、本庄(松江市)の中海岸まで陸路で運ばれた。
 そして本庄からはまた
 船に載せられて運ばれていったはずである。
 本庄の「本」は「モト」ながら
 BT、bata 石であり、
 その行先安来市を流れる
 伯太川の「伯太:ハタ」もBTで同根にして
 「十戒石」の訛ったものである。
 「安来」(出雲国風土記意宇安来英の郡)
 〔和名抄「出雲国能義郡」〕
 ※安来「ヤスギ」と称されているが、
  本来は
  「ヤスラ ギ」あるいは「ヤスライ」であろう。
   (Heb.),יַסַרַה,YSRH,yasarah 「十」
 「十」とは「十戒」の「十」で現在安来名の
 起りである「十神山」名に共一である。
 同地は近代になって
 周囲が埋め立てられたための呼称で、
 古代においては
 「砥神嶋」という中海中の島であった。
 砥神「砥」(Heb.),,TV,tou 印
 ※石板に刻まれた印字で
  十戒が印字された石を示す。
 「十神」とは十戒石の神となる。
 砥神嶋(十神山)
 はそこに
 十戒石が奉祭されていたとの由来を示している。
 同地は小高い丘で塚をなしていた。
 宮地嶽(福岡市)のように、また
 モリアの丘のようにイスラエルの神を
 奉祭するのに適しかった。
 その祠は現在市内地名も同じ安来町の
 安来公園の安来神社に遷されている。
 《参考》出雲大社・佐太神社 
M.K記
連絡先:090-2485-7908 

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