邪馬台国の性格と卑弥呼:(8)天照大神の故郷 [日本創世紀]
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日本創世紀
―倭人の来歴と邪馬台国の時代―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
《第4章 邪馬台国の性格と卑弥呼》
(8)天照大神の故郷
本書はその天照大神の故郷が
大牟田市の八本町の岩倉だと説明しているのである。
つまり邪馬台国の卑弥呼が奉祭していたのが、
この「天照大御神」だったのである。
同神は「御神」と表記される「女神」である。
その背景を説明する。
すでに卑弥呼について説明したのと
重複する事項もある。
八本町の北方堂面川の右岸、
古代には有明海に面していただろう
現「手鎌」あるいはその東隣りの
「草木」の地域の「テカマ」は
tigma で本来「熱」ではあるが、
tigma-kara〔太陽〕となるように
「日、昼」に係わる。
また「クサキ」は「太陽」の語義の
kasāku の音写である。
これらの地域は
「久福木:日奉郷」が東方にあり、
太陽信仰に係わる。
現在八本町の西側に
日出町や旭町との地名があり、
また太陽信仰に係わる地称である。
この地方を太陽神たる
天照大神の故郷とするのに十分な状況である。
何を置いても太神宮の祭神が同神で、
巫師卑弥呼が奉祭していた
十市 thirtha〔聖地〕なのである。
この用語はインド・アーリア系の言葉である。
同語は特に宗教用語として
重んじられた言葉であった。
そのサンスクリット語には「太陽」に係わる
aha、ahar、ahan〔日、昼〕との用語がある。
これはアズミ語の言葉で同義の a-u の移入で、
インドの
「日種〔漢訳、日神崇拝の属〕」を表わしている。
Ahar は『日本書紀』が天照大神を
「大孁女:オーヒルメ」とする用語で、
「日女神:太陽女神」との意義になる。
「孁」字は本来「霊」が本字で
「かみ:神」が語義である。
M.K記
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2019-03-21 09:57
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